アイちゃんの エンディングノート??

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生前に 自分の望む逝き方やら 弔いへの希望やらを書き残しておく「エンディングノート」というのが、静かなブームになっているようだ。
残された者のためにも自身のためにも、私も作っておこうかなと思う。

よくよく思い返すと、アイちゃんが 5年前の3月に脳出血で倒れてから今年の2月23日の葬式までの日々というのは、アイちゃん自身が描き、実行した アイちゃん渾身の「エンディングノート」だったように思える。

アイちゃんが倒れたことで家族 親族の交流が増え
胃ろうを決断したことで、在宅介護という 親孝行の時間をもらい、
トシちゃんは結婚してから初めて、アイちゃんに優しい言葉や行動で、気持ちを表せるようになった。

穏やかになっていく夫や子供らの様子を確認してから、アイちゃんは自身の記憶を、認知症と言う形で消していき、

少しでも 残されるものの寂しさを和らげるために徐々に失語になり、眠り姫になり、存在感をなくしていき、、、

臨終の辛さを 味あわせないために息の引き取り場所に病院を選び、一番会いたい トシちゃんだけを呼んだ、、?



更にアイちゃんは、通夜 葬式の日時も、全て段取りし、天気 家族一人一人の都合まで 段取りしてくれていた。

そう信じて疑わない程、両日の天気は昨日までとは打って変わって、暖かく晴天! 斎場も一週間前なら雪で行けなかった。
普段 仕事で土日でも休めない孫たち全員が、偶然 休みで、 姉の義理の両親もようやく、退院したところで、、と万事、アイちゃんの葬式にGOサインだったのだ

すごい こじつけやなぁ!(笑)

親バカならぬ子バカやなと、笑って下され(●^o^●)


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▲ 黄水仙
  アイちゃんは よく生け花に使っていた、日本水仙の方だけど、、




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▲ ヒメリュウキンカ





2月22日(土)〜23日(日) 通夜 葬式の小ネタ集
( 笑うことが大好きだったアイちゃんに捧げる )

その
21日、アイちゃんを実家で迎える準備をするため、病院から一人先に戻ると、あの近所のおばちゃんと、トシちゃんが兄のように慕ってるおっちゃんとが、既に玄関先で待ってくれていた。

「おっちゃん、どんな準備したらええか教えて!」
「よっしゃ よっしゃ 任しとき! 
まず 床の間が祭壇になるでな、床の間のもん全部片付けよ。 ほんで掛け軸を お経が書いてあるやつに取り換えよ。
どこに 置いてあるんかいなぁ? わしは仏壇と床の間の間辺りに、、、ほれ あった!」

「それから 仏壇のロウソク立て ええのがあったやろ、わしとこと揃いで買うたさかい あるはずや。わしは仏壇のこっち側の引き出しに入れて、、、、ほれ あった!」
「おっちゃん すごい! お父さんが どこに何置いてるか わかるんや!」
「そんなもん どこの家でも 同じようなとこに置いてる。 あかん!時間ないわ! 手分けして しよ!
あんたは敷布団に白いシーツ掛けて 北枕になるように敷いといて。おばはん、あんたは畑に行って シキビを一枝切って来てくれてか。 わし 神棚に半紙で目隠しするでな。」

と まあ 90歳 ぜんそく持ち 腰痛持ちとは思えぬ 見事な陣頭指揮!

流石に 神棚に目隠しするからと、踏み台に昇りかけたときは、
「お願いやから 私に昇らせてー!」と 止めた。(^_^;)
すると 横から、おばちゃんが
「私が 昇ろか?」と一言。
いやいや 身長154僂了笋茲蠑さく、プラス背中がまあるく 常にコンニチワしてくれてるオバちゃんには・・・無理ッす。 (;一_一)
おっちゃん おばちゃんのポジティブさは 心よりありがたく頂戴するので m(__)m

というわけで 無事 準備完了!

ん? おっちゃんが 奥の部屋から 呼んでいる、何の用事やろ?
「わし 北枕になるよう布団を敷け言うたけど、 北に枕を置けとは言うてないぞ、枕はいらん!」





その
実家に帰って来たアイちゃんに、会いに来てくれた叔母(アイちゃんの姉)の話。

「あんた 何で私より先に逝くんや、兄弟私一人になってもたがな。」
そう言って ハンカチで涙をぬぐいながら アイちゃんの手や顔を撫でてくれた。
そして額を触りながら 
「このあたり まだ温いなぁ!?  あんた ほんまに死んどんかいな?」
と言うと、アイちゃんの閉じた瞼を、指でビヨ〜ンとつまんで 開けた、それも両目!!
お お 叔母ちゃーーん! せっかく美しく閉じた瞼が〜〜〜(>_<)
「・・・・やっぱり 逝てもたんやなぁ・・・ あの世に行ったら 早よ私を 迎えに来とくれよ。」
叔母ちゃん、、、、 (;O;)





その
通夜の日の午後3時、葬儀屋さんが来て、実家からの旅立ちの儀式を行ってくれた。
シブガキ隊のもっくん主演の映画「おくりびと」あのまんまの光景が 目の前でなされてることが不思議な感じだった。

白い掛け布の中で見事に白装束に着替えてもらって、足袋を履かせてもらって、三途の川を渡る六文銭を持たせてもらい、、、

おくりびとの一人が
「仏様(アイちゃん)が生前 お使いになっていた数珠がございましたら 手にお掛けしてさしあげたいのですが。」

「お母さんの数珠?」「おばあちゃんの数珠?」、、そういえば 仏壇にもなかったな 見当たらないなと、みんな数珠の置き場所をあれこれ思い出している。

そんな中 トシちゃんと私だけは 冷や汗が出そうだった。
そう! 昨晩 私がトシちゃんに 娘らに数珠を買ってやってないわと話したところ、
「ええのがある、 ほれ これお母ちゃんがいつも使うとったやつや。 おまえ もらっとけ。」
「やった! 数珠 買わんですむー (^^♪。」と いう やりとりがあったもので。

数珠も 足袋やら 六文銭やら一緒に 棺桶セットに付いてるものだとばかり思っていた私、
ほんまに アイちゃん ごめんなさい
 (^_^;)





その
娘たちが 
「おばあちゃんと写メ撮ってもいい?」と聞くので
「そりゃ おばあちゃん喜ぶわ! ええよええよ。」と答えた私。

その後「見て見てェー♪ 上手く撮れたよ。」と娘たちや 姪っ子が見せてくれた写メは、
アイちゃんの遺影とではなく、棺桶に入ったアイちゃんとのツーショット写メだった。(◎o◎)

どうか不謹慎だなんて 思わないでやってほしい。
それほどまでに孫たちから愛され、愛らしい死顔のアイちゃんだったのだ。



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▲ クリスマスローズ



その
骨あげの後、寺に行き、骨あげ供養をしてもらい、ついでに初七日法要もしてもらうことになった。
寺の祭壇に骨壺を置き、お経が静かに始まり、、順々に焼香をしに祭壇の前に行き、、、うーむ?
何かおかしい、、、何かが違う、、トシちゃんも 弟も みんな焼香しながら感じたようだ。

骨あげ供養と初七日法要の間に10分程休憩がある。

「何か違うよな、違和感あるよな、、何かが足らないような 忘れてるような、、、。」
そんなことを弟と話しながら、何気なく横に座っている 姪っ子を見た途端
「あ”−−−っ!! これや!」
なんと、祭壇に置かれてなくてはならぬアイちゃんの遺影が 姪っ子の胸にしっかりと抱かれているではないか!! 
ということは アイちゃんは自分で自分の、骨あげ供養をしたということかい?? 
なんで 誰も気づかなかったんだろう (^_^;)





その
あまりにも可笑しく且つ微笑ましかった ネタを最後に紹介して私の「在宅介護物語」を閉じたいと思う。

前出の骨あげ供養と初七日法要の時のこと。
お坊さんの読経に合わせて、途中から私達も唱和する。
慣れないお経を読むのは なかなか難しいので、誰も皆、お坊さんの邪魔にならないようボソボソと唱和していた。

そんな中 お坊さんもビックリの大きな声で マイペースで マイリズムで唱和する者が一人。 
そうです! トシちゃんです \(^o^)/

トシちゃんは 耳が遠く 補聴器を付けてはいるものの ほとんど用をなさないのだ。
故に どうしても声が大きくなり、 離れたところのお坊さんの読経も うっすらとしか聞こえない。
それに加えて アイちゃんへの思いが このとんでもない読経唱和になっちゃった〜〜(^_^;)

最初はつられまいと必死だったお坊さんも、途中からはトシちゃんに一生懸命合わせてくれていた。
私達は そんなトシちゃんが愛おしくて可笑しくて、お経の間中 泣き笑いだった。

アイちゃん!
アイちゃんのエンディングノートの締めくくりは お坊さんをも巻き込んだ みんなの笑顔だね?
 (●^o^●)



               おしまい <m(__)m>



追記
ブログを読んでくださった 全ての皆様に感謝します。
hirahira様 西明石様 みやこ草様 さきこ様 暖かいコメントをいただきありがとうございました。
ビバ様 介護中も今も、私はビバ様から元気と知恵を戴いています, ありがとう。
東北の益々の復興を心より祈っております

あの〜 これからもタイトルは変わってもブログを続けますので、どうか宜しくお願い致します
(^o^)/

        







 

トシちゃんにだけ会いたかった?

介護 comments(7) trackbacks(0) アズキ姫
彼岸にツバメが 長旅から帰って来たぁ〜〜\(^o^)/
おかえりなさい!! 
トシちゃんが ツバメの巣が落っこちないように 昨年作った巣に受け皿を付けてくれた。
優しいなぁ
(^−^)



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▲ 元気に畑仕事をするトシちゃん


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▲ 土と一緒に掘り起こされる虫を狙ってるサギ




2月2日(日)〜2月21日(金)臨終まで
救急搬送されたその時点で、 医者からは
肺炎(両肺 半分近く水が溜まっている)及び うっ血性心不全を起こしています。
今晩中に 急変することも覚悟しておいてください。
また 急変した場合の 救急措置は 行わないと聞いていますが よろしいですね?」
と言われた。
アイちゃんが願っていたことなので、行わないことに家族の間で決めていた。

その晩は家族全員 搬送先の病院で待機していたが、峠はいったん越したようなので、家に帰ることにした。


その後 容態は安定していて 肺の水も 利尿剤で 少しずつ抜けていった。


2日から毎日、1時半頃トシちゃんを実家に迎えに行き、そこから15分程のところにある病院へ、アイちゃんに会いに行くのが二人の日課になった。
姉は4日前に引っ越したところなので新居の片づけもあり、無理のない程度に 会いに来ている。
弟は仕事に行く途中 毎朝病院に寄ってアイちゃんの顔を見て出社するのが日課になった。
(この病院は家族は朝7時から夜9時まで面会OKなのでありがたい)
毎日行かなくても いいようなものだけど 何故かみんな そうしたいと思った。(^−^)

面会に行く度に、息使いが穏やかになっていくのがわかり、
酸素吸入器が送り込む酸素の量も減って行き、
やがて酸素マスクも外れ、、、。 
トシちゃんの表情が 面会に行く毎に 晴れていくのがわかり、、、、(^^♪
家族の誰もが、 案外 退院も早いんじゃないかと考えていた。


入院して一週間目、アイちゃんは一人部屋に移っていた。
そして 面会者はマスクと手袋着用で入出するよう言われた。
理由を知りたく、看護師さんに訊ねると 担当医が説明するとのことで ナースステーションの一角に案内される。
その時に 病状説明書というのをコピーして、貰ったので そのままを紹介しよう。

「入院時の痰の検査にて、MRSAという、抗生剤が効きにくい菌が検出され、2月8日に その菌が検出されたことがわかりましたので、同日より、MRSAに対する第一選択薬である抗生剤(バンコマイシン)にて治療を開始しております。
本日の採血にて、炎症の指標は、入院時と比べて改善しておりますが、MRSAに対して、どんな抗生剤を使用しても効かない場合は致命的となります。
呼吸状態が悪くなったり、呼吸が停止した場合は 人工呼吸器管理はせず、心臓が停止したりしても心臓マッサージはせず、自然に看取ります。」

MRSAは人に移るので、一人部屋に 移しましたとのこと。

先生は 説明し終わってから
「急変時の対応は、ここに記しているように対応させて頂いて、よろしいですか?」と、こちらの意思の再確認をされた。
トシちゃんは 待たすことなく「はい それで お願いします。」と答えていた。


こんな説明を聞いた日の帰りなのに、トシちゃんは 桃の消毒薬を買いたいから 近くのアグロ(ホームセンター)に連れて行ってくれと 言ってきた。
トシちゃん、自分の折れそうな気持ちを立て直そうと 踏ん張ってるんだな、、、えらいよね。


その後、担当医の説明書に反して アイちゃんが 益々回復しているように思えたのは私だけ?(^_^;)
面会に行くと必ず起きてるし、日に日に目に力が出てきてるようで、
「ここんとこ お母さん 何かしゃべりだしそうな表情やなぁ?」と言うと トシちゃんも
「うん!抗生剤が効いたんかもしれんぞ。 お母ちゃん 家に帰ろな、わしが連れて帰っちゃるでな。」
と ほんとに 嬉しそうに話しかけていた。(^◇^)


だから 2月21日(金)の 1時前の病院からの緊急連絡は、トシちゃんには、ハトにまめっでっぽうだったことだろう

その日 私はいつものように1時半頃 実家に着くように家を出た。
実家近くまで来ると、庭に近所のオバちゃんが立っていて、一生懸命手を振っているのがわかった。
そない必死に振らんでも今行くがな(笑)と思いながら、手を振り返した。
私が車を降りるやいなや オバちゃんが
「はよ 病院行きな!! お父さんは 先 タクシーで行ったで。
あんたのケータイに電話したけど運転中で出れませんばっかり言うで 連絡できへん言うとった。
お母ちゃんが危ないらしい、 早う行きな! 早う!早う!
車あんまりスピード出したらあかんで! ゆっくり行きなよ。」
「わかった!ありがとう!ゆっくり急ぐわ!」、、って どんな走りしたらええねん!?
と この一大事にあって まだボケ突込みしてしまう自分が このたびだけは情けなかった。(-_-;)

「お母さん!待っていてよ! まだ逝ったらあかん! まだやで! 後15分、15分でええから、待っててよ!」
車の中で 必死こいて叫んでいる光景に気付いた対向車の人は ドン引だっただろうな。
(今なら 笑える (^_^;) )
トシちゃんを乗せて20日間通った この道 こんなに長かったか―!?
15分の距離って こんなに 遠かったか―!?


病院に着いた私は、エレベーターがあるのに 何故階段を昇る!?
3階に着くと 急いで部屋を聞き すっ飛んでいった。
部屋に入ると トシちゃんが一言
「もう 逝ってもたぞ。」
「・・・・・お父さんは・・・・お父さんは ちゃんとお母さんとお別れできたんか?」
「うん わしが 手を握ってやって、 よう頑張ったな ゆっくり休めよ 言うたら、すーっと目を閉じたんや。」
「そうか 、お父さんが 間に合ったんやったら それでええわ、、うん それがええわ。」


「あの、すみませんが お身体が固まりますので、そろそろ着替えさせて頂いてよろしいですか?
 それから、葬儀屋さん お決まりのところがございましたら 連絡して頂きたいのですが。」

看護師さんの その言葉に  トシちゃんも 私も 泣く間もなく
「わし耳が遠いで 葬儀屋に おまえ 電話してくれ。
今日は 家で寝かせてやりたい 言うてくれよ。」


実家のすぐ近くに数年前できた 葬儀場の会員になっていたので、そこへ電話して、来てもらうよう頼んだ。

それから 私は、アイちゃんを迎えられるよう 部屋を片づけるために 先に急いで帰った。
トシちゃんは 病院に向かっている姉と弟を待ち、 アイちゃんと一緒に帰って来る。

綺麗に エンゼルケアしてもらったアイちゃんは、病院の看護師さんたちや先生に見送られて、3週間ぶりに 懐かし我が家に帰って来た。

子供の頃 アイちゃんに ずーっと掛けてもらってた言葉、今日は私が言うよ。
「おかえり!」 (●^o^●)


実はこの日、私はトシちゃんを迎えに行く途中、初めて寄り道した。
そのため いつもより15分程 実家への到着が遅れた。
期間限定の苺大福が どうしても食べたくなって、実家の近くの 道の駅に寄ったのだ。

実は弟はこの日、仕事の都合で、初めて病院に朝、立ち寄れなかった。

実はこの日、姉は病院に来るはずの予定を翌日に変更し 美容院に行った。

アイちゃん? これは アイちゃんの仕業やろ?
一番大切な トシちゃんと ゆっくり お別れしたいための、、
心憎いなぁ(笑) 
やっぱり アイちゃんは最高や!!
                 つづく

在宅介護中 最初で最後の救急搬送

介護 comments(3) trackbacks(0) アズキ姫
やっと 本格的な春が やってきた ❤❤❤!!
アイちゃんが 大好きだった 春のうちに、私の一回目の在宅介護物語を きちんと完結させましょう(*^^)v


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▲ 裏畑の梅 今年は盛大に咲いた!


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▲ 福寿草も 賑やかに!




1月31日(金)
午前中は 訪問リハビリもあり、いつもと変わりなく元気だったアイちゃん。
前日入れた ラキソベロンの効果なく まだウンチが出ないなぁ、、などと思いながら、午後2時頃 アイちゃんの様子を見に行く。
突然 ゴホッゴホッと咳込んだかと思うと ゴボッゴボッ嘔吐!
横向きだったので、嘔吐物はほぼ全部外に出たと思う。
検温すると 38度
解熱剤を注入して、しばらく様子を見ることに。
この5年の間に、何度か同じようなことがあった。
しかし大事に至ったことがなかったので、今回も大丈夫だろうとトシちゃんも私も、さほど心配していなかった。
主治医に電話で様子を伝えると、風邪だろう、数日は熱が出るが、解熱剤があるなら、投与して様子をみてくれとのことだった。
吐き気止めの薬を 取りに来るよう言われたので、医院まで。
いつもなら クラビット(抗生剤)も出してくれるのだが今回は、出さなくても良いだろうとのことで、吐き気止めだけをもらってきた。
車で帰る途中、私は何を思ったか、医院に引き返し
「先生 やっぱり 抗生剤も欲しいです。」と言った。が
「いらん 2〜3日で熱も引く。」
まっ そうやな 大丈夫やわ、、。
わざわざ引き返してまで頼みに行ったことが 急に恥ずかしくなった。(^_^;)

ところが 2〜3時間経っても一向に熱は下がらない、何だか息使いも荒いし脈拍数も100超えてる。
もう一度 主治医に電話で状態を話すと、
熱がある時は そんなもんだと、2〜3日で落ち着くからと言われた。
アイちゃんは 普段も脈拍数は80前後なので、、、心配し過ぎかと 思い直した。
トシちゃんも 先生がそう言うなら大丈夫やろ ということで、その晩は 家に帰る。



2月1日(土)
午前中 熱は37度台に下がったけれど やはり 息使いが荒い。
主治医に アイちゃんの様態を細かに伝えるも、言われることは昨日と同じ。
ただ、診療時間外でも、何かあれば 連絡するようにと言ってもらえた。

暫くは、水分補給だけで 経管食は入れないように言われていたので、昨晩から3食抜いている。
「お母さん ジャンボになり過ぎてたからダイエットになって丁度ええやんな?」
「ほんまじゃ! 丁度ええわ。」
などと 冗談を言い合ったりするのだけど、やはり、今までにない アイちゃんの様子が気になって、引きつり笑いになってしまった。

お世話になってる主治医を 疑うわけじゃないけど、ほんま大丈夫かなあ・・・?
どうやら トシちゃんも 同じような気持ちの様で、、午後5時にもなろうかという時
「やっぱり お母ちゃんの様子 おかしい! 先生に電話しよ!」
「うん そないしよ!」

というわけで、主治医に電話!、、、、出ない、、、出ない(>_<)
主治医に電話しつつ 訪問看護師さんにも連絡してみる。
すると 本日宅直の看護師さんが
「すぐ 出向きます! でも自宅からなので30分程かかります。今より様子が変わったら 迷わず救急車を呼んでくださいね!」と言うが速いか 電話の向こうで 車にエンジンをかける音が聞こえてくる。
そうこうしてるうちに 主治医とも繋がり、、でも こちらは 
「ほな 診に行こかぁ? 風邪と思うけどなあ、 とにかく すぐ行きます。」

とりあえず 連絡がついて 来てもらえることになって一安心 (-_-;)

結局 1時間近く経って 二人がほぼ同時に到着。

一通りの診察をして、「肺炎おこしてるかもしれんな。」と先生が言い終わらないうちに 看護師さんがアイちゃんの指に挟んだ計器を診て
「先生 酸素87しかきてません。 救急車 呼びましょ!?」
「そやな 肺炎起こしてるな。最寄りの病院は○○病院やったな、連絡してみて?」
看護師さんが受け入れ依頼するも 当直医が脳外科専門なのでと断られる
5年前 そこの脳外科に運ばれたんですけどねぇと伝えてもらっても アウト (;_:)
次は 看護師さんの病院に受け入れ依頼をする。
こちらは 空きベッドが無くアウト (;_:)
次は実家にかなり近いが今までお世話になったことが無い▲▲病院。
ここも なかなか受け入れを承諾してくれない、、、すると主治医が
看護師さんから ケータイを取り
「あのね◆◆医院の○○です。××先生当直やと思うんやけど、換わってくれてか?
急を要する患者さんがおるんや、受け入れてほしんですが?、、、、、いいですか、では 救急車で向かいます。」

というわけで(何やらモヤッとした気持ちは この際 置いといて)救急車 呼ぼ 呼ぼ!!

救急車は 早い! ものの10分足らずで来た。
時は 7時を回っている。
裏道から サイレンを鳴らさずに来てほしいという トシちゃんの願い虚しく、村の中道を(とりあえずサイレンだけは止めて)来てくれた。(^_^;)

トシちゃんは 病院に受け入れ依頼している辺りから ほぼ他人事状態で ぽ〜〜っと 同じ場所に突っ立ったまま 成り行きを眺めている。
私はと言うと 何を病院に持っていけば良かったかと、5年前の救急搬送の記憶を速攻コマ送りで思い出しながら、
「保険証 障害者手帳 後期高齢者手帳、、タオルやパジャマはどうやったっけ?」とパニくってると 主治医が一言
「着替えなんか いらんぞ!」
看護師さんが一言
「とりあえず、タオル大小 一枚ずつだけ持って行かれては?」
さすが 看護師さんだな そうやなと思える。

あの 誤解の無いように、、、私は 決して主治医を嫌ってるわけではない。
医者と看護師の違いの面白さに 今回の緊急事態を通して気付いたのだ。 (^o^)


救急車にアイちゃんが乗せられ 家の戸締りもOK!付き添いのトシちゃんと私も救急車に乗り込み、弟は後ろから車で付いてくると、、よっしゃ!  さあ急いで出発だ!!、、、、、、、、、と その時
「あ”〜〜〜〜〜〜っ!」
突然 看護師さんの 雄叫び!
「ごめんなさーい(>_<) ○○さんちのスリッパ 履いてきてしまいました〜、私の靴 家の中においたままです〜〜っ、すいませーん!! <m(__)m>


                                           つづく
                                        

アイちゃん お疲れ様そして ありがとう

介護 comments(13) trackbacks(0) アズキ姫
あんなに寒く 雪が降ったりもしていた1.2週間前が 嘘のように 暖かい日が続いてます。

そんな 春のような 穏やかな日に(2月21日)アイちゃんは 旅立って逝きました。

トシちゃんに 手を握ってもらって 幸せな幸せな 眼差しを向けて 眠るように逝きましたよ(^−^)

親の死は 子が親から学ぶ 最後の学びだと 聞いたことがあります。

ほんまに そうやなと 穏やかなアイちゃんの顔をみて感じました。

2月1日の緊急入院から 23日の葬式までが あっという間だったので、その間にいろいろな泣き笑い話があったのだけれど、まだ頭の中で整理できてないなぁ (^_^;)

追々 紹介していきましょう。

ではでは ご報告まで、、、 <m(__)m>



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▲ 庭の白梅(葬儀の朝一輪だけ咲いたよ)


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▲ 庭の福寿草 (これも葬儀の朝一輪だけ咲いた)

花をこよなく愛し 村の人たちに 生け花を教えてあげていたアイちゃんらしいな・・春を呼ぶ花を一輪ずつ 咲かせて逝ってくれるなんて (*^^)v

 

アイちゃん ついに入院!

介護 comments(4) trackbacks(0) アズキ姫

自然と共に87年生きてきた トシちゃんが、毎年言ってます。

「立春過ぎが 一番寒くて 雪もよく降るんじゃ。」と。

それにしても 今年の雪の降り方は 半端ないです。

東北の皆様は大丈夫でしょうか、 体調を崩したりはしてらっしゃらないでしょうか。

どうか春よ 急ぎ足で来てくだされ m(__)m

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▲ お堀のカモ夫婦 (雪にも負けず飄々と・・・)


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▲ 塒から出ないサギ (寒いので 今日は漁に出掛けません・・てか?)




ずーっと順調だったアイちゃん。
2月1日の夜 救急車で 実家近くの病院に搬送されました。

肺炎と うっ血性心不全、両肺ともに 半分近く水が溜まってるとのことでした。
その日のうちにも 急変するかもしれないと言われてましたが、利尿剤で水を抜くというシンプル措置で なんと!順調に回復しとりますがな (^^♪

酸素吸入器も外され 昨日あたりから 自力で穏やかな呼吸をしています。

ただ、痰検査で MRSAが検出されたため、 隔離病棟で、今はバンコマイシンという抗生剤で様子見です。
部屋に入るときは 消毒 手袋 マスク着用で、 部屋を出るときは 消毒 手袋マスクはその場で処分、着用していた衣服は、漂白抗菌剤入りの洗剤で洗濯、、てな具合です。
バンコマイシン投与が始まって 一週間、 この抗生剤が効いていれば良いのだけどねえ。

もう少し アイちゃんが 落ち着いたら、 救急搬送までの アタフタ劇やら、 笑い話も 披露しましょう(*^^)v

 

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